西南戦争史跡を巡る  薩摩猫之介の散歩

西南戦争の史跡を地図付で紹介しています。史跡巡りの参考にしてもらえれば嬉しいです。追加の史跡なども地域ごとに書き足しています。他に明中会(西郷隆盛研究会)の活動・薩摩猫之介のつぶやきもあります。

2023-03-01から1ヶ月間の記事一覧

西南戦争史跡37 熊本県人吉市・球磨郡 3

官軍瓦屋本陣跡(政岡邸) 照岳(球磨郡山江村万江にある山)で指揮をしていた官軍別働第ニ旅団の山田顕義少将は明治10年6月1日戦況の進むのを見て山を下ります。 人吉に入ると球磨川に架かる大橋は薩軍によって落とされ渡河が不可能でした。 官軍は球磨川北…

西南戦争史跡36 熊本県人吉市・球磨郡 2

武家蔵 相良家家老・新宮家の屋敷跡です。 人吉一番隊小隊長・新宮嘉善の自宅で薩軍幹部の宿舎として使われました。 嘉善の父は官軍参謀・新宮簡で明治10年6月1日の戦闘では薩軍の宿舎という情報を得ると砲隊に自宅を砲撃するように指揮します。 親子が敵味…

西南戦争史跡35 熊本県人吉市・球磨郡 1

人吉による西南戦争 薩軍は熊本城東会戦での敗戦により浜町(山都町)から人吉へ撤退し、官軍を迎え撃つ作戦をとります。 明治10年4月27日西郷隆盛は人吉土手町の永国寺に入り本営とします。 桐野利秋は人吉の北東約25kmにある江代に入り出張本営を置きまし…

西南戦争史跡34 熊本県熊本市 4

西郷隆盛本営跡(西区春日) 明治10年2月23日薩軍は春日村の北岡神社神官・光永大善宅を本営にしました。 ここは北岡の山陰で、はじめは熊本城からの狙い撃ちも受けない安全な場所でした。 しかし、3月11日以降北岡に本営があるらしいと気付いた熊本城籠城軍…

西南戦争史跡33 熊本県熊本市 3

熊本協同隊出陣の地(東区保田窪本町) 菅原神社内に碑があります。 協同隊は明治10年2月20日に出陣式を行い、21日に薩軍本営に入り戦闘を繰り広げることになります。 熊本協同隊は当初40名でしたが、その後続々と参加者が現れ約400名にまで増えていきました…

西南戦争史跡32 熊本県熊本市 2

官軍砲兵陣地跡(北区龍田) 龍田御野立所公園内に砲兵陣地跡の碑があります。 城東会戦の時にこの辺りは大山巌(西郷隆盛の従兄弟)が率いる別働第五旅団(新設)が進出しています。 大山巌 別働第五旅団が設置したのでしょうか。 砲台跡から薩軍陣営側への…

西南戦争史跡31 熊本県熊本市 1

光永寺 (西区池田) 熊本城を囲む薩軍の営所でした。 熊本鎮台兵、警視隊と薩軍、熊本隊が戦った京町口の出撃戦での弾痕が残っています。 往生院(西区池田) 光永寺の隣りにあるこの寺は熊本隊の本営跡です。 阿弥陀寺(中央区細工町) この寺は熊本城開城…

西南戦争史跡30 熊本城段山の戦い

段山の戦い 熊本城西側に段山という場所があります。 熊本城の古地図に残る段山 (下の地図赤丸部分) 西南戦争当時の段山 現在は平地ですが西南戦争当時は熊本城三の丸にあった藤崎台と10m程の空堀を隔てた独立丘陵でした。(昭和に削られた段山丘陵の土は…